a bit bite of new york



サンライズからはじまる毎日のサプライズ。

ちょっとしたことを、
ちゃんとしたものに。

そんな小さな出逢いをニューヨークよりお届けします。


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ケベックでのマジカルな週末。
 

高交留学していたときの大切な友だち、アレックスが結婚するので、
夫婦ふたりで彼女の出身地であるカナダのケベックへ行ってきました。

シアトルの高校でお互い留学生として出逢ったのは、17歳のとき。
いっしょに過ごしたのはたった3ヶ月だったというのに、
別れたあともわたしたちは手紙を書きつづけ、
誕生日やクリスマスにはギフトを送り合い、
その後は email やチャットを使って、
つねにお互いの恋愛や学校、仕事のことをアップデートしてきたふたり。

そして、シアトル以来の涙の再会を叶えてくれたのが、
そのころアレックスが住んでいたニューヨークでした。
わたしはそのとき、遠距離恋愛をしていただんなさんに会うために、
東京からニューヨークを訪れていたのです。

「わたし、好きな人がいるから、近いうちにバンクーバーに引っ越すと思うの。」

と、そのときアレックスが話していた“好きな人”というのが、
結婚相手のマイクだったのでした。
バンクーバーに住む彼とニューヨークで知り合い、
そのまま彼を信じて大好きなニューヨークを離れバンクーバーへ。
予想通り、ふたりのケミストリーはぴったりだったのですぐに同棲し、
わたしがニューヨークに引っ越したときには、すれ違いでした。

それでもアレックスは年に一度、大好きなニューヨークを訪れ、
そのたびにわたしたちは会っていて、
ちょうど5月には彼女の友だち7人がニューヨークに大集合し、
みんなで彼女のためのバチェロレッテ・パーティーをお祝いしました。

そして、ケベックで行われたふたりの結婚式というのが、
夢のように美しかったのです!

式場はサプライズだからここに来てね、
と告げられた住所に着くと、
目の前に広がるのは大きな中庭とされる広場に、
ヨーロッパにいるかのように歴史を感じる白い建物。
1668年に建てられた、Petit Séminaire de Québec という場所でした。
その昔、神父さんたちが通っていた神学校だそうで、
隣接する小さなカトリックチャペルも含め、
今はどちらもレクリエーションの場なのだそうです。

アレックスとマイクのシークレット・プランというのは、
その学校の美しい広大な中庭で人前式を挙げて、
チャペルの中で披露宴パーティーをしてしまおう!というものだったのです。

その日の天気は、雲ひとつない青空。
気温もちょうどよく、微かな涼しい風さえも優雅で、
真っ青の空の下、真っ白な歴史的建造物に囲まれて、
自分たちの存在が小さく感じるほど広い空間の中にいるのは、
ふたりの結婚式に招待された特別なゲストだけ。

ひっそりと、親密に、なんともロマンティックに、
まるで映画のシーンを眺めているかのように挙式が行われ、
それはそれは美しいと時が流れていました。

そして、式のあとに移動したチャペルで目に映ったものは、
今まで想像上、もしくは映像の中でしか
感じとることのできなかった夢の世界。

席について上を見上げると、
空のように高く遠い天井画に、
わたしたちを見守るように輝くシャンデリア。
入口から祭壇までつづく長いテーブルには、
ぽつりぽつりと灯るやさしいキャンドルの光。
そこにゲストが揃ったら、
まずはみんなで花火に火をつけて、お祝いのライトアップ!

パーティーの司会やスピーチは、
フランス語と英語の両方で行われ、
ゲストもじつにインターナショナル。
アレックスもインドのジャイプールに住んだことがあったり、
旅好きカップルのふたりの友だちなだけあって、
言葉を交わしたゲストの中には、
同じくインドに住んだことのあるフランス人、
自転車で中国をまわったケベック人、
マレーシアのチャイナタウンに
たったひとりの白人として暮らしていたスウェーデン人、
東京観光はすべて自転車でしたよというオランダ人などがいて、
旅や文化、食べものに興味があり、ソフィスティケートで
リベラルな感覚をもった人たちが集まっていました。

さらに、この結婚式に届けられたゲストからのお祝い金は、
病気で苦しむこどもたちのために寄付されるのだそうです。
なんと、なんと素晴らしいのでしょう。

その空間は、神秘的で幻想的で、
どこを見ても、誰を見ても、キラキラしていて、
まるで社交界に紛れ込んでしまったかのように美しく、
理想が現実になったパーフェクト・ワールドのような錯覚さえありました。

ケベックの街並みも、400年の歴史をもつ北米最古の街とあり、
旧市街は見るものすべてが歴史の中にワープしたかのよう。

それくらい、マジカルな週末でした。

もどったニューヨークは、混沌としていて、
うるさくて、まさにカオスの "zoo york" 。
それでもこの現実にもどるたびに、
やっぱりこの街が大好きなんだと感じ、
旅へ出てよかったなぁとも思うのであります。

アレックス&マイク、どうかお幸せに!


(photos by me & alex's friend :)

たびたび、旅。 : comments(4)
ハノイで会いたかった人。
今朝起きると、
めずらしくグレーがかった空が見えて、
窓には雨の雫がぽつぽつと流れ落ち、
時間帯といい、色合いといい、
それは、ハノイの朝に似ていた。

夜の便で着いた翌日、6時頃に目が覚めて
カーテンを開けたときに見た曇り空と、
そこに小雨が降るあの朝に。

ニューヨークのアパートの窓から見える景色よりも、
遥かに緑が多いハノイのシーンには、
くすんだ色をしたコロニアル調の建物と、
ビニールのポンチョをかぶって
雨の中バイクを走らせる人たちが映っていた。

ハノイでどうしても会いたかった人、
それが、Mr.Tiep だった。

1泊だけ泊まろうと決めた、
創業1901年の伝説ホテル、
ソフィテル・レジェンド・メトロポール・ハノイの
新館1階にあるバー。

本当に会えるかなんてわからないまま、
彼がそこにいることだけを願って向かった
ベトナム滞在最後の夜。

あえてテーブル席には座らず、
真っ先に奥のカウンターに向かい、
誰も座っていないことにホッとして、
わたしたちはカウンターのど真ん中の席に腰を下ろした。

するとふたりの男性が、バーの内側からわたしたちに目を向けた。
ひとりの人の目が一瞬キリッとして、
気合いが入ったように見えたのが印象的だった。

「Mr.Tiep はいますか?」

目の前にいた男性に聞くと、
その人ではないほうの人が
びっくりした顔でわたしを見た。

会えた!と心の中で興奮しながら、彼に挨拶をした。

想像していたよりもずっと若く、元気がよく、
ハンサムなのに、笑うと両頬にくっきりと
見えるえくぼが可愛らしい。
"Mr.Tiep" というよりは、
“ティエップくん”のほうが似合う青年だった。

「どうして僕のことを知っているんですか?!」

「ネットであなたの記事を読んで、
どうしてもハノイであなたに会って、
あなたのカクテルを飲みたかったの。」

彼の大きくピュアな黒目が、驚きとともにさらに大きくなった。

ティエップくんは、ベトナムのニャチャンの
カクテルコンテストで優勝し、
さらに去年7月にブラジルで開催された
世界バーテンダーコンテストで
ベスト・バーテンダーにも選ばれた人。

そのときブラジルでつくって話題になったカクテルというのが、
"The Joan Beaz"という名のフォー・カクテルだった。

スターアニス、
カルダモン、
シナモン・スティック、
チリペッパー、
レモンジュース、
砂糖、
香菜に、
ジンとアイス。

フォーヌードルのスープに使われる材料と
同じものでつくるこのカクテルは、
さっぱりとしたシトラスの風味が口の中に広がったあと、
じりじりと少しずつフォーの味へと変化する。
ほんのり甘く、苦く、いままで飲んだことのない
“美味しいカクテル”だった。

Joan Beazとは、アメリカ人の女性フォークシンガーのことで、
ベトナム戦争真っただ中の1972年、
反戦運動のためにメトロポールに滞在していた彼女は、
避難していたホテル内の防空壕で
ベトナムのため、平和のために歌ったという。

ティエップくんは、
彼女が大好きだった香菜をふんだんに使って、
世界でたったひとつの、
ベトナムのハノイのメトロポールホテルの
新館のバーでしか飲めない、
フォー・カクテルを生み出した。

わたしはその幻のカクテルを、どうしても飲みたかったのだ。

カクテルを少しずつ飲みながら、
ティエップくんのお話を聞いてみた。

ハノイの隣にあるフンイエン省の小さな村で生まれ育ち、
16歳のときにハノイにやってきた。
知り合いも、頼りになる人もいないハノイで、
住む場所のない彼が毎日たったひとりで
暮らしていたのは、橋の下。

「晴れの日も雨の日も、
毎日橋の下で暮らして、
ありとあらゆる仕事をして、
バーテンダーになったんだ。」

上手な英語で、笑顔を浮かべながら
ティエップくんが話す。

ちょうどわたしたちが1杯目を飲み終わる頃、
まだメニューにはない新しいカクテルがあるから飲んでほしいと、
彼は準備にとりかかった。

こんどは、
レモングラス、
ヌクマム(ナンプラー)
生姜、
ライムジュース、
砂糖、
ジン、
テキーラを使ったカクテルで、
その名も "Under the Bridge"。

「橋の下で暮らしていたとき、
そこにしょっちゅうカタツムリを売りにくる
おばちゃんがいてね。
そのカタツムリは、レモングラスと、
生姜とヌクマムで味つけされているから、
僕にとってこのアロマは、あの頃の匂いなんだ。」

これまた明るく話すティエップくんの
笑顔とえくぼを見ていたら、
彼の肯定的な生き方とその強さに感動して、
わたしは思わず泣きそうになってしまった。

人は辛いときの経験やこのような窮状に
おかれたときの話をするとき、
ちょっとばかし照れるものではないのか?

きっと橋の下の匂いとともに、
あの頃の想い出、経験、気持ちも
いっしょに込められたカクテルなのだろう。
ややしょっぱいヌクマムの味が、わたし好みだった。

ティエップくんのフルネームは、
Pham Tien Tiep だそうで、
Pham が名字、
Tien がミドルネーム、
Tiep が名前。

彼について書かれた記事には、
"Mr.Tiep" とあったから、
ついそれが名字だと思っていた。

「ミドルネームの Tien とは、“歩く”、
名前の Tiep は、“続ける”という意味だから、
I keep walking.  僕は歩き続ける。」

なんて、かっこいいのだろう。

ここまでくるのに彼はどれだけのことをして、
どんな思いで橋の下で寝て、起きて、
歩き続けてきたのだろう。

そのような日々を乗り越えて、
今はフランス植民地時代に建てられた
格式高い一流ホテルのバーで、
メインのバーテンダーとして働いている。

わたしたちが席に着いた瞬間、
目にキリッと力が入った彼の、
プロとしての意識が忘れられない。

彼に出逢えて、本当によかった。



たびたび、旅。 : comments(3)
ハノイの街へ、タイムトラベル。

旅の想い出を少しずつ。
去年12月にアジアをまわり、
その旅の最初に訪れた街が、ハノイでした。

今回で3度目のハノイは、
変わらず人、オートバイ、ローカル食堂、モノで溢れていて、
こんなにも街がごちゃごちゃしているのに、
そのレトロな雰囲気とコロニアル様式の建物、
または小さな通りに生い茂る木々によって、
どうしてここまで絵になる街なのだろうと、
またもやメロメロに打ちのめされてしまいました。

街を歩くと気づくのが、なにかと目立つふたつの色。
ベトナム国旗の二色でもある
炎のように強く、パキッとした赤と、
ディジョン・マスタードのようなくすんだ黄色。
外壁や看板の文字、フルーツやオートバイ、
または屋台で座るプラスチックの“お風呂椅子”など、
そのふたつの色を街のいたるところで見かけ、
そのなんともいえないレトロ感と、
タイムトラベルしたかのような
時間の重みを感じさせる感覚は、
サイゴンではなく、ハノイにあると思います。

あと、前よりも若者が増えているように見られ、
街全体からエネルギーと経済の上向きな流れを感じました。
わたしがはじめて訪れた2001年に比べると
人々もとてもフレンドリーで笑顔が多かった気も。

そんなハノイ3日間のステイでしたことといえば、
もちろん、食べる、歩く、飲む(お酒ね)、をベースに、
期待していたことは、カフェ巡り、早朝フォー、
そして、Mr.Tiepに会うこと。

美味しいごはんとともに、
素晴らしい出逢いもあったハノイ滞在、
またほかにも訪れたアジアへの旅、
これから少しずつお届けしたいと思います!
(ほんとにアップします!)



 
たびたび、旅。 : comments(0)
東京と神戸。
 

わたしが生まれた東京と、
だんなさんが生まれた神戸。
ふたり揃って、久しぶりに帰国していました。

上の写真がわたしの育った文京区本郷、
下が彼の出身地、神戸北野町。
自分たちでもびっくりするほど、
街がもつ空気感が違います。

今回の帰国の目的は、とにかく人に会うこと。
家族に友だち、そしてお世話になった人たちに会うことでした。

小学校の友だちから幼なじみ、
中・高の同級生に留学時代の仲間、
お仕事関係で知り合った方々や親戚まで。

こうやって改めて東京に帰ると、
自分の存在やみんなの存在が鮮明になります。

ニューヨークに住んでる自分も同じわたし、なのだけれど、
東京に帰ると待っていてくれる人たちに会う自分は、
どこかほっとしているわたし、な気がします。

そんな意味で今回はやっと帰ることができて、
ありったけの時間を家族と友だちと過ごせて、
本当によかった、よかった!

会ってくれたみんな、どうもありがとう!



たびたび、旅。 : comments(0)
ただいま!

このまえの週末は、太陽降り注ぐ西海岸の大都市、LAへいってきました!

結婚式にお呼ばれしていたため、
東京からの友だちと現地で合流。

たった3日間だったけれど、
独特のリラックスした空気感、
ゆるやかな人々、広い空や道路と、
いわゆるアメリカンな
西海岸のライフスタイルを垣間みれ、
大学生活を西で過ごしたわたしには
とてもなつかしい旅となりました。

混沌のニューヨークから行くLAは、
おどろくほど透明感があって、ゆる〜い雰囲気。

街の面積が広いのと、完全な車社会なので、
交通の不便さには参ったけれど、
滞在していたサンタモニカでは自転車を借りて、
ベニスビーチまでサイクリングをたのしんだりしました。

そんな様子を少しずつ、アップしていきまーす!

 
帰りの飛行機からみた自由の女神!
たびたび、旅。 : comments(2)
イビサのヨーグルト

紺碧の空と海、眩しいオレンジ色の太陽、ヤシの木の緑。
イビサを思い出すと、こんな色とシーンが浮かび上がります。
そして、そんなパノラマを前に、
のんびりと時間を忘れて毎朝食べたていたのが、
ドライフルーツたっぷりのヨーグルト。

とくに、宿泊していた Apartamentos Petunia のヨーグルトは、
わたしたちの想像を遥かに越えるものだった。

地中海のヨーグルトならば、
ニューヨークでよく食べる
濃厚でクリームチーズのような
ギリシャヨーグルトに近いものかと思っていたら、
口にしたのは、さらりと柔らかくソフトなヨーグルト。

朝食バイキングには、
白いヨーグルトとカスタード色した2種類があり、
その横にトッピングのお皿がいくつか並んでいた。
プルーン、ゴールドレーズン、クランベリー。

ふたつのヨーグルトとドライフルーツを混ぜ合わせて食べると、
とろりと甘く、デザートのようなスウィートさだった。
おそらく生クリームやカスタードが入っていたのでしょう。

そのイビサの朝を少しでも感じとろうと、
ニューヨークでもたまに
お気に入りギリシャヨーグルトで再現してます。
甘さを加えるために、はちみつを添えて。
目にまえに広がる景色は、
そんなにスウィートじゃないんだけどね。

たびたび、旅。 : comments(0)
スペイン人のアントニオと、イタリア人のルイジ。
 
30のうちに書き留めたいこと。
2010のうちに振り返りたいこと。

旅をするとたくさんの人との出逢いがあるけれど、
中でも今年の秋に行った
イビサで出逢ったふたりにはぐっときた。

夜な夜なクラブで踊り倒して、
頭がぐるんぐるんになるまで遊んで
明け方にぐでーっと寝て昼下がりに起きる、
といったことをたのしむヨーロッパ人で溢れる
パーティー・アイランドのイビサ。

でもわたしたちはそういうことではなくて、
イタリア人のいう「beauty of doing nothing.」
=(なんにもしないことの美しさ)を味わいたくて、
心の芯がほぐれるような、
やさしい隠れ家ホテルを探していた。

そこでみつけた「Apartamentos Petunia」。
その色は地中海らしい建物の白と青、
それに反射する太陽の朱色が
感じとれる白昼夢の世界。

大きな大きなバルコニーからは
どこまでもつづく真っ青な地中海と、
イビサで有名な神秘的な岩 Es Vedra が見渡せる。
ただただそこに立って深く深呼吸をするだけで、
やさしい地中海の太陽がカラダと心にキスしてくれる。

まさにわたしたちが望んでいた夢の空間であり、
なにもしないことで、幸せを感じるところだった。

そしてわたしたちは、そこに泊まるはじめての日本人客だった。

到着したのが早朝だったので、
午後のチェックインまでどうしようと突っ立っていると、
くしゃっとした笑顔の白髪のおじさんに
「desayuno?」(朝食は?)と聞かれ、
そのまま答えてもいないうちに
せかせかとダイニングテーブルまでエスコートされた。

「なに飲む?コーヒー?エスプレッソ?
コーヒーはミルク入れる?パンやハムはあっちね」
リズミカルなスペイン語で
ことこまかに面倒をみてくれ、
到着日なのにサービスで朝食を食べさせてくれた。
その人が、アントニオというスペイン人。

イタリア人がオーナーのApartamentos Petunia は、
イビサ島西部のサン・ホセという静かな街にある大人向け隠れ家ホテル。
辺鄙なところにあるため交通の便が悪く、レンタカーする人がほとんど。
ホテルでゆっくり「なにもしない」ことを目的にしていた
わたしたちにとっては気にすることでもなかったのだけれど、
なんせ隠れ家ホテルの一番近いビーチさえも隠れビーチなので、
車で行かないとなると、てくてくと歩いて曲がって、
崖をも越えてやっと辿り着くという感じだった。
(景色が美しい散歩なので、全然たのしかったのだけれど。)

アントニオは、レンタカーしなかったわたしたちにびっくりし、
なんと気の毒にと哀れみの顔をみせて、
それでもスペイン語とジェスチャーを巧みに使って
ピーチまでの行き方を説明してくれた。
こちらもがんばって彼の言っていることを理解しようとするものの、
わたしとだんなしゃんのスペイン語レベルは
残念なことにレベルをつけられないほどの低レベル。
せわしないアントニオは、奥からすばやく紙とペンを持ち出して、
お世辞にもうまいとは言えない地図をしゃしゃっと描いて、
入念に右左のジェスチャーを何度も繰り返しながら教えてくれた。

その日の夕方、ビーチから戻ったわたしたちをみつけたアントニオは、
心配していたんだよ、たのしかったかい?
とくしゃくしゃな笑顔を浮かべてウィンクしてくれた。

そんな心あたたかいアントニオとは
また違ったやさしさを持つのが
イタリア人のルイジ。
ルイジは夜のダイニングを担当する人で、
ホテルオーナー、ルチオの弟さん。
アントニオとは反対にとても落ち着いていて、
口数は少ないけれど、
奥深いやさしさとゆとりを感じる
渋めのイタリアーノだった。

2泊したうちの初日の夜、
わたしたちはタクシーに乗ってサン・アントニオまで行き、
そこで夕飯をすませてそのあとはホテルで一杯やることになった。

ホテルに戻ったわたしたちは、
ふたりでキッチンにいたルイジのところへ顔をのぞかせて、
「vino tinto, por favor?」と赤ワインをおねがいすると、
ルイジはややびっくりしたハテナ顔を浮かべつつも
すぐに「si.」と答えた。

アジア人ってそんなにめずらしんだね、と言いながら
ダイニングの席につこうとしたとき、
先に荷物を部屋に置いてからまた戻ってこようと思ったので、
わたしたちは再びルイジのところへ行ってそう告げると、
彼は突然コロっと表情を変えて、
「おお、ここに泊まってる方たちですか!」
と申し訳なさそうに照れ笑いをした。

つまりルイジは、夜の12時近くに
車もなければ到底辿り着けもしないホテルだというのに、
どこからともなく現れたアジア人の男女ふたりが
キッチンまでずかずかとやってきて酒をくれ、
と頼みにきたのかと勘違いしたのだ。

それが、ルイジとのはじめての出逢いだった。
宿泊客でもないものめずらしいアジア人に
なにを聞くでもなくワインを売ろうとする彼の寛大さも、
このホテルの人らしいなとぐっときた。

そのあとわたしたちは大笑いをしながら部屋に戻り、
荷物を置いてからダイニングに行くと、
誰もいないダイニングのふたり席には
1本の赤ワインと2つのワイングラス、
こんもりと盛られた3つのおつまみのお皿がきれいに並べられていた。

ピスタチオとオリーブとポテトチップス。
そしてそこには心に染みるエンヤの曲。
さりげなくかっこいいルイジの演出は、
わたしたちのイビサの初夜を
限りなくロマンティックなものにしてくれた。

そしてつぎの日の夜、イビサでは最後の夜、
わたしたちはどこに行くでもなくホテルでゆっくりして、
ルイジの手料理を食べることにした。

ところがその夜ダイニングにいたのは
居残りをしていたアントニオ。
いつものようにパラパラとスペイン語で
わたしたちに話しかけてくれ、
なにを食べたいか聞いてくる。
メニューはパスタやピザなどのイタリアンがほどんどで、
それらはルイジが作ると知っていた。

注文したあと、わたしたちはどことなくそわそわしていた。

というのもアントニオが毎朝準備をする朝ごはんというのは、
何種類もあるパンやハム、チーズ、
それからゆで卵にヨーグルトやフルーツ、
といった調理を必要としないもので、
どれも高級食材のような美味しさだったけれど、
アントニオはあくまでも飲み物の準備や後片づけをする人。

その代わりルイジはどこか職人肌を感じる男性だったし、
わたしたちはイタリアンである彼の作るパスタが食べたかったのだ。

見えないキッチンからアントニオの準備する音が聞こえてくる。
彼はせかせかとワインをもってきて、笑顔でどう?と聞いてくる。
もちろんアントニオは大好きなのだけれど、
そこに一晩前のムードは感じられず、
彼はエンヤが流れていないことに気づいていない。

するとそこに、奥からルイジがやってきた。
Ciao!とわたしたちに軽く照れ笑いを浮かべ、
キッチンに入った。

よし、ルイジが作る!

パプリカやオリーブ、ルッコラの地中海サラダと
トマトベースのシュリンプパスタ。
彼の料理はとても家庭的で丁寧で、
心に残る美味しさだった。

ルイジはテーブルに料理をもってくると、
必要なものはないかと聞くまえに、
必要以上のものに気づいてくれる。
「oh, musica!」。
彼は前夜と同じようにエンヤをかけて、
ダイニングテーブルはまたもや
ルイジがつくりだすムードになった。

しばらくすると、
アントニオが仕事を終えて家に帰るというので、
わたしはキッチンにいるふたりの写真が撮りたくて
揃ってキッチンに立ってもらった。
それが、この一枚。
それぞれの手の位置や微笑み方などに、
ふたりの雰囲気が微妙に感じられる。

パスタも食べ終わり、
ワインも残り少なくなってきて
ゆったりしていると、
ルイジはまたもやなにも言わずにそっと
4つの袋入りになった
小さいアイスクリームと
デザート酒をもってきてくれた。

すべては彼らのサービスであり心くばりであり、
ここは、さりげなく極上のもてなしを受けられるホテルなのだ。

グラッパかな?と思ったその甘美なお酒は、
「Hierbas Ibicencas」というイビサ産のハーブ酒だった。
ローズマリーやタイム、ジュニパーベリーなど
18種類のハーブエキスをブレンドしたもので、
ヒーリングパワーもあるらしい。

小さく包まれたダークチョコのアイスクリームも、
ほんとうに可愛らしくお洒落で味わい深い。
イタリア人男性はどこまでニクいのだろう。

わたしたちがハーブ酒のことやイビサのことでルイジに質問していたので、
ルイジも同じようにわたしたちにいろいろなことを聞いてきた。

どこから来たの?君たちは彼氏、彼女?それとも結婚しているの?

iPhoneの翻訳機能でイタリア語、スペイン語、英語を使い分け、
すれすれのところで会話がはじまった。

ルイジ自身がオーナーを務める小さなホテルの話、
彼にはイギリス人の奥さんがいて、
こどもはベネズエラ人の養子をもうけたから
3人で会話するときはスペイン語なんだ、
君たちは何語で会話をするの?
hirokaという名前はめずらしい?

3人で世界地図をみながら
イタリア、スペイン、イビサにトウキョウ、ニューヨーク、
いろんな都市をみて、
お互いのことをいろいろと話した。

会話はすれすれだったかもしれないけれど、
心は笑顔と気持ちで通じ合っていた。

そしてその夜がルイジとの最後のお別れだった。
彼は夜当番なので、わたしたちが出発する
つぎの日の朝には会えなかったのだ。
切ない気持ちを抑えながら、
Grazie, Ciao Bella!
と両頬にちゅっちゅとひとつずつ。
紳士的イタリアンのやさしいキスだった。

アントニオとのお別れもとても辛いものだった。
滞在中はじめから最後まで
ことこまかにわたしたちの面倒をみてくれ、
彼がいなかったら大変なことになっていたかもしれない。

翌朝、アントニオからもさよならのキスをもらった。
ルイジのキスとは違って当たりが強く、
彼の頬の髭がじょり、じょりっとひと頬ずつ
わたしの顔に擦られるように痛かった。
別れてからもその痛みはしばらく消えず、
ハートの痛みと平行して想い出に残った。

だんなしゃんは最後、アントニオにこう言っていた。
「We come back, con bambino.」
つぎはこどもといっしょに戻ってくるよ、と。

また彼らに会える日が、いまからとても待ち遠しい。



p.s.
だらだら書いていたら、こんなに長くなってしまった。。
読んでくださり、ありがとう!(ペコリ)

たびたび、旅。 : comments(2)
「フード・ポルノ」ツアー


アメリカで有名な元シェフで、
今は世界中を旅しながら美味しいものを食べるという
素敵なテレビ番組をもっている Anthony Boudain氏が、
バルセロナに行ったときのエピソードでこう言っていた。

"Food porn in Spain is so hard-core, so smokin' hot."
「スペインのフード・ポルノは、かなりハードコアでとてもセクシーだ」と。

それを試すべく今回はバルセロナでフード・ポルノ・ツアーを決行!
色気むんむんのタパスをcava=スペインのシャンパンとともに満喫して、
夜な夜な気分よくタパスバルをまわってました。
バルセロナは、ほんとうにニクい街です。

まずはここ、Quimet & Quimetから。
とっても小さなタパスバルなのだけれど、
見渡す限りの壁にはワイン、ウィスキー、缶詰でぎっしり。
酒好きはたまらないバルだと思います。
(わたしの父とダンナしゃんが一緒に来たら大変!)

そしてタパスのほうも最高級のお味。
今までなにかを食べて涙がでてしまったことも、
それを慌てて抑えようとしたこともなかったけれど、
ここではそんなことが初めてほんとに起きてしまったほど。
それがQuimet & Quimetだったのです。

バルのカウンターで立ち食い立ち飲みをして感動していたら、
隣りのバルサカップルの彼のほうから
「これはおいしいよ、これも試してみて!」と
いろいろとオススメタパスを教えてくれました。

そのあとは、
どこから来たんだい?
日本だよ。
スペイン人はこんなものが普段から食べられて幸せだね!
でもキミたちだってスシがあるじゃない!
そうだね、そうだね、、、とお酒とタパスをかこっておしゃべり。

そういう人とのふれあいが旅の中でいちばん好きです。

Quimet & Quimetにあるものは、
すべてコールドディッシュ、つまり冷菜、缶詰フード。
缶詰のものを特製ソースやオイルなどでマリネしたり、
お皿に盛りつけたあと上からまわしかけたり。
スペインは缶詰のモノがとてもいいのだけれど、
たぶんそのあとのひと工夫にこだわりをもっているようです。

スパニッシュ・グリーン・オリーブにアンチョビ、
みじん切りのピクルス&黒オリーブ、
ロースト・レッドペッパー(赤パプリカ)、
サンドライトマトに酢漬けオニオン、
Bacalla=塩漬けタラにサーモン、
ビーフハムにあさり。

すべてわたし好みのしょっぱいもの!
すべてお酒に合うもの!

口に入れて涙がでるほどだなんて、
そりゃぁ忘れられないフード・ポルノでした。


たびたび、旅。 : comments(2)
恋するバルセロナ
 
帰ってきました、地中海の街、バルセロナから!

日々興奮しすぎたせいか、
JFKに到着した途端、具合が悪くなり(戻りたくなかった?)
ひどい熱と咳と旅の余韻とでぼーっとしてます。

バルセロナはほんとうに素晴らしい街でした。
ぱっと感じるバルセロナの魅力は
「カラフルでまるい」こと。
アート、建築、人、食べものなど、
なんとなく街全体の雰囲気が
自然体でまるくて
角張ったものがないというか、
広く自由な見方ができる街という印象。
もちろんほんの一部しかみてないのだけれど。

そして突撃ショートトリップで行った
ナポリもイビサも想像を絶する美しさとやさしさに包まれてた。

バルセロナ、ナポリ、イビサのどこからも見えたのが地中海であり、
そのカラっとした太陽の光を浴びているその真っ青な海は、
人の心に恵みを与えるような気がしました。

地中海の太陽とシーフードとアート。
少しずつ想い出を綴っていこうと思います。

まずは体調管理!
おやすみなさーい。笑

たびたび、旅。 : comments(4)
恋の予感。
久しぶりの旅へ!

行き先は、地中海の街、バルセロナ。
そう、それでも恋するバルセロナ!です!

ワールドカップ優勝でメロメロにさせられたスペイン。
そしたら、ツール・ド・フランスでも優勝はスペイン人、
NBAチャンピオンズシップで優勝したレイカーズの
パウ・ガソルもスペイン人、
そしてウィンブルドンも、
今年のUS OPENも優勝したのはナダルくん!
と、とにかくスペインが熱い!2010の夏でした。

ニューヨークにきてからというもの、
ずっと地中海料理に惚れているし、
ダンナしゃんは出逢ったころから
スペインに行きたいと言っていた。

いっぱい食べて、遊んで、笑ってと、
eat play love な旅をしてきます!

ではでは、いってきまーす。
たびたび、旅。 : comments(3)
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